中を行ったり来たりしている。
「我慢しないで…」 ヒロの動きは一瞬ピタリと止まる。
そして唇を噛み締めた。
「できねぇよ。だって俺…」 何を言いたいのか
わかってる。
だけど今は聞かない。
「ヒロが退院するまで出来ないなんて…嫌 だぁぁぁ~!!」
わざと安心するような言い方をしたんだ。 退院…。
この言葉は今の二人にとって大きな希望。
“死”か“退院” どっちも隣り合わせの状態だから…。
安堵の表情を見せるヒロ
「だから、ね。我慢しなくていいの…」
二人は再び 唇を重ね合わせた。
こんなに不安なのに… こんなに苦しいはずなのに…
体も心も なにもかもが ヒロを求めている。
「美嘉、愛してる」
「ヒロ、愛してる…」 初めて言われた。
初めて言った。
愛してるって言葉。 こんなに優しくて
こんなに愛しい響きだったんだね。
そして二人は 一つになった。
二人が別れたこの川原で…一つになった。 繋がった。
なんか変な感じだね。
今ヒロは、
ヒロはきっと笑うかもしれない。 だから言わないけど、
愛してるって言われて 愛してるって言って 一つになった瞬間ね…
幸せすぎて 涙が出たんだよ。
涙でぼやけた視界の奥でね、 赤ちゃんが笑ってこっち見てたんだ。
草むらに????と横になり 二人…手を繋いで
空を見ていた。
水色の空に もくもくと流れる 白い雲。
さっきまで眩しく照り付けていた太陽は、 雲で隠れてしまってる。
川原で別れた日も、 こんな空だったよね。
ヒロの顔をちらっと見ると、
目を閉じて寝てしまっているみたいだっ た。
その時… ヒロの目から流れた
一粒の涙。
悪い夢を見ているのかもしれない。 それとも…
今何かを 考えているのかな。
流れた涙は一粒だけ。 それ以上流れることは 無かった。
神様。 ねぇ、神様。
ヒロをまだ連れて行かないで下さい。
美嘉にどんな辛い試練を与えてもいいか ら、
ヒロを連れて行かないで下さい。
美嘉はね、 一人じゃ
生きて行けないよ。
ヒロがいないと ダメなの。
だから…。 もし“奇跡”が存在するのなら
今起こして下さい。
なんでヒロなの…? なんでヒロがこんなに苦しむの…?
ヒロを助けて。 ヒロを苦しめないで。 ヒロを助けて。 ねぇ、お願い…。
神様…神様…。
自然と流れる涙を必死で拭いながら 気付かれないよう声を押しころして泣いた
「そろそろ病院戻っかな~。薄暗くなって 来たしな!」
寝ていると思っていたヒロが目を開け、
突然体をむくっと起こして立ち上がった。
「…そうだね!!」 必死で涙を拭き、
何事もないようにその場を立ち上がる。
ヒロは美嘉のお尻についた草を手ではらっ た。
「今日からまた病院か~早く治すから冬に また来ような!」
「…うん、約束!!」
いつもの 強いヒロに戻ってる。
ヒロの弱音を聞いたのは この日がが最初で最後だった。
もっともっと ヒロと過ごしたい。
いろんな場所に 行きたい。
でもそれはヒロが元気になるまで我慢だ ね。
「ってかお前チビだな!身長何㎝だっけ?」 ヒロがいじわるな顔で
美嘉の頭にひじを置く。
「148 ㎝だけど!!ヒロは??」
「ヒロがデカすぎるだけだし~??」
さっきまでのしんみりとした空気はすっか りなくなり、 もういつもの二人に戻っていた。
自転車に乗って病院へ向かうヒロの背中… あんなに広くて大きかった背中が、
夕日にあたってなぜかとても小さく感じた んだ。
「俺?俺は確か 178 ㎝ちょっと。ってかマ
ジでチビだな!」
も行きたいね。
第二十三章 日記
ヒロは病室を移動することになった。
白血球が下がってしまったため、 クリーンルームという病室へ移動。
クリーンルームでは殺菌を持ち込まないた め、
細菌の発生をおさえるために体のホコリを はらったり手袋をしなければならない。
それでもヒロに会えなくなるわけではない から、前と変わらず毎日お見舞いに行き、 みかんキャラメルも毎日のように買って行
った。
三日間の外泊の時、
ヒロは雪が積もった川原を見てみたいと言 っていたから…
雪が降る前に元気になってそれが叶うよう 願いを込めながら、
家に帰ってともくもくと毛糸の帽子を編ん だ。
ヒロに似合うかな~… とか、
ヒロ喜んでくれるかな~…とか。
まるで片思いをしている少女のように…。
ヒロが退院したら、
行きたい場所やしたいことがたくさんあ る。
まず、 さっき言ってたように
雪が降ったら川原に行きたい。
クリスマスには二人で赤ちゃんのお参りに
退院したら籍いれようって言ってくれたか ら
それも楽しみ!!
普通に映画とか遊園地とかショッピングも したいなぁ。
大好きなヒロとだったら何をしても楽しい よね!!
━10 月 16 日
帽子はほぼ完成。 あとは仕上げをするだけだ。
今日もバイトを終え、 いつものようにお見舞いへと向かう。
お見舞いに行くことは 美嘉にとって 大好きな日課。
あいにく天気は曇り。 空がゴロゴロと鳴っていて、
今にも雨が振り出しそうな気配だ。
みかんキャラメル… 今日は買わない。
だって昨日見た時にはたくさんあまってた し!!
病院に入り階段を上がって病室へ向かっ た。
髪をゴムで一つにまとめ体のホコリを軽く 叩いてノックをする。
????
めた。
「はーい」
ヒロの声を確認してからドアを開けた。
「失礼しまぁす!!」 手袋をはめて
ヒロに近づく。
「ヒロ??元気??」
「おぅ、余裕」 ヒロは体を起こし、
ベッドに座りながら
壁に寄り掛かった。
ヒロは最近咳込むことが多い。 風邪ひいたのかな??
心配。
咳込むたび、 背中をそっとさすることしか出来ない。
「今日雨振りそうだよ。嫌だね~…」
「風邪引くなよ~。美嘉体弱いんだからな」 激しく咳込みながらも
心配するヒロ。
自分が一番苦しいくせに人の心配ばっかり して…
「そう言えば…」
ヒロは何かを思い出したようにポツリと呟 き、
ベッドの横にある棚を開けて何かを探し始
「手伝う??」
ヒロは何も答えず、 ただただ必死に何かを探している。
「あった~」 ヒロは希望に満ちた顔でそう叫んだ。
「今これ探してた」
そう言って差し出したのは前に美嘉が買っ た
インスタントカメラ。
「カメラ?今写真撮るの??」
カメラを受け取ろうとするとヒロは美嘉の 肩をぐいっと引き寄せ、 二人に向かってカメラを向けた。
「世界一最高の笑顔にしろよ!」
「えっ?撮るの???」 わけもわからずに戸惑う美嘉。
そんな美嘉を気にせずにヒロは例の言葉を 言う。
「この先何があってもずっと~?」
「え、だ…大好き!!」 その瞬間に
フラッシュが光った。
わけもわからないまま写真は撮られてしま い…
でも焦りながらも
【この先何があっても 大好き】
この言葉をしっかりと言っていた自分に驚 きだ。
あまりに突然すぎて 笑顔になれなかったよ。
「ちょっと~いきなり撮らないでよっ!!ぷ
ー」
ほっぺを膨らませて怒ったように言うと、 ヒロはわざと聞こえないフリをして美嘉に
カメラを手渡した。
「これ現像頼んでもいいか?」
現像するって言ったってまだ残りたくさん あるのに…
そう思いながら残り枚数が表示されている 場所を見ると、
“0”と表示されている。
「あれ??なんで残り枚数 0 枚なの!?何 撮ったの??」
体を乗り出して問い詰めると、
ヒロは目をそらして口笛を吹きながら答え た。
「さぁな。現像したらわかるから。写真見 て一緒に言おうぜ。“この時も楽しかったけ ど今のほうが幸せだな”って」
確か美嘉とヒロの 2 ショット写真は今日の を入れて 3~4 枚しか撮ってないはず…。
残り枚数が 0 枚ってことは… 何撮ったんだろう。
まぁ、現像したらわかることかぁ!!
「今日帰りに出して明日持って来れるよう にしておくからっ!!」
「おぅ、楽しみにしてるわ。頼むな」
それから沈黙が続き 降り始めた雨の音と、
ヒロの咳込む音だけが病室に響き渡ってい た。
美嘉はひたすらヒロの細い背中を さすっていた。
「美嘉の将来の夢は?」
ヒロは咳込んでいたせいか、かすれた苦し そうな声で問う。
「将来の夢かぁ…なんだろうなぁ…」
「昔言ってたよな。お嫁さんになりたいっ て。それは?」
ヒロ、 覚えててくれたんだ。
美嘉の夢はヒロのお嫁さんだって言ってた こと。
忘れてると思ってたのに…。
「今もお嫁さんになりたいよ!!」
「誰のでもいーのか?」
「ダメ!!ヒロのお嫁さんになるのっ??」
答えを聞いたヒロは安心したように微笑 み、
そして美嘉の手を力なく握った。
「…しょうがねーな。俺の嫁にしてやるか。 ってかもうすぐ叶うな…」
あの頃と 変わらない答え。
嬉しくて握られた手を 強く握り返す。
「ヒロの夢は…??」
「俺の夢は…美嘉が幸せになってくれるこ と」
「ヒロがそばにいてくれたらその夢叶うよ っ!!他にはないの??」
ヒロは腕を組みながら少し悩み、遠くを見 つめながら答えた。
「俺と美嘉と赤ちゃんと…三人で手繋いで 歩くことだな。」
うん。 美嘉もそうだよ。 二人で…いや、
三人でただ平凡に…
元気に過ごすことが出来たらそれでいいん だ。
頭の中では、
流産した時医者に言われた言葉が幾度とな く駆け巡っていた。
━「赤ちゃんはもう出来ないかもしれませ ん」━
今さらこんなことを思い出しちゃだめ。 可能性が低いだけで、 無いわけではない。
少しでもあるならその可能性に賭けるよ。
「三人でいろんな場所行きたいね!!」
「俺と美嘉の間に赤ちゃんがいて、三人で 手繋ぐのとか最高じゃねぇ?」
ヒロは苦しそうな声で…だけどとても嬉し